香港の現状

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2011年4月

2011年4月30日 (土)

震災と使わなかったチケット

あの日からもう50日が経過しました。財布の中にはいまも使わなかったチケットが眠っています。

P4300455

あの日、会社を午後半休し、羽田空港にいました。15:00の伊丹行きの飛行機に乗り、大阪は肥後橋のビジネスホテルにチェックインして、夕刻には世界に先駆けての上映の香港映画、ジョニー・トー監督の「単身男女」を見て、週末を楽しく過ごす予定でした。

羽田には早く着き、「14:00のフライトにしておけば良かった。」と思いました。それがこんなに大きな違いになるとはそのときには思いもしませんでした。荷物を預け、セキュリティを抜け、ラウンジで飲み物を頂いて、時間どおりにゲートに向かいました。優先搭乗が始まり、お客さんが乗り込み始めたそのとき、14:46でした。

大きな揺れ。おもわずしゃがみこみました。これまでに経験した地震の中でも大きなものでしたが、幸い羽田空港の建物は丈夫で、揺れがおさまりました。滑走路の点検が終われば飛べるだろうと思っていたのですが、津波警報が発令され、やがて悲惨な光景がロビーのTVに映し出されました。15:30過ぎから着陸の飛行機は何機か降りてきましたが、東京湾にも津波注意報が出され、離陸する飛行機はありませんでした。16:00を過ぎると窓の外には黒い煙が見えました。ツイッターで東京湾に面したコスモ石油でで火災が起きたという情報が流れていましたので。携帯網はだめでしたが意外にもWiMaxは繋がっていました。PCも電池が少なくなって行くので、セーブしながら情報収集していましたが、17:00前にとうとう欠航のアナウンスが流れました。しかし羽田から戻る交通機関もすべてストップ中。動きようが無いので、少し人の少なくなった出発階エリアでネットでの情報収集をしました。もうその日のうちに大阪に行くのは無理と判断し、ホテル付きのパックで申し込んでいたので、キャンセルを試みましたがうまく操作できず。到着階に降り、荷物を返してもらって外に出ました。

電車が動けば新幹線で関西に向かう方法もあるのですが、それも無理そう。外は足止めの人たちでごった返しています。いったんラウンジに入りましたが座るスペースはなし。なんとか充電する電源だけは確保して地べたで少し休みました。

19:00を過ぎて、一部フライトが飛びはじめました。外に出て様子を見ましたが、大阪行きは次々欠航になり飛びそうにありません。飛びさえすれば、予約のお客さんが空港に来られないだろうから乗れる可能性もあるかもと淡い期待を抱きつつも、チケット振替の列がまだ長い行列だったので、少し様子を見てからまたジベタリアン。やがて19:30過ぎに少しだけ列が短くなり始めたので並んだところ、ラッキーにも最終の関西空港行きが飛ぶとのことで、20:30ころに振替が出来ました。しかし到着は夜遅くなりそう。予約している肥後橋のビジネスホテルは23時以降はチェックインできないことになっています。荷物を再度預けてセキュリティを通ったあと、携帯がだめなので公衆電話でホテルに電話を掛けてぎりぎりなので電話をかけて待ってもらうようにお願いしました。公衆電話も混雑していましたが、さすがに出発ロビーはもう人がいませんでした。

ゲートに向かうと、もう他の便はすべて終わっていて暗くなっていましたが、出発時刻が何回も遅れ。肥後橋のホテルまで着くのは12時を回るのが確実になってしまいました。別のホテルを探さなきゃならないかと、もう一度電話したところ、パックで料金前払いになっているので先にチェックインしてホテル玄関の暗証番号を発行してもらえました。機転と融通を利かせてくれたホテルの方には感謝しています。

関西空港に着いたのは0時近く。ホテルに入れたのは1時半でした。チケットは無駄にしましたが、週末は大阪で映画を楽しむことができました。

大阪で原発事故を知り、日曜に自宅に帰ると、本棚が倒れていました。そこから自分の震災が始まりました。

2011年4月10日 (日)

3月19日マチネ 国民の映画

ちょっと前に見たのですが、感想を記録しておきます。3月11日の地震の翌週に見ました。

パルコ劇場プロデュースの三谷幸喜さんの芝居。当日券は電話受付だったのが劇場並びに変更になりました。開幕前、三谷さんはスポットライトの当たらないステージで、「幕を開ける決心をした」と話してました。

芝居はナチス・ドイツの宣伝大臣ゲッペルスの邸宅が舞台。ヒムラー、ゲーリングという大立者とゲッペルスに集められた映画人たち。そしてナチスに抵抗し、弾圧されながらも後日ゲッペルスのプロデュースする「国民の映画」の脚本を書くケストナー。
芝居はユダヤ人虐殺の狂気を描いていきますが、わたしはむしろケストナーに興味がありました。「人生処方詩集」と子供向けの本くらいしか作品は知りませんが、「人生処方詩集」を読んだだけでもかなり屈曲した性格の持ち主であろうことは解ります。そんな彼がなんのためにゲッペルスの映画の脚本を書いたのか。それは単に生計のためではなく、何かを世の中に発表したいがためだったのか。

まだ横浜の公演が残ってます。

伝法院の花見

浅草寺の別院である伝法院の庭園が公開されているのをツイッターで知り、昨日行ってきました。小雨に煙る見事な庭園。枝垂れ櫻もきれいでした。P4090410そのあと言問橋から花盛りの墨堤を散策して花見をしてきました。
言問橋付近は都鳥がたくさんいましたが、この付近だけいるのは育ててるんでしょうかねえ。P4090418
スナップ画像をFlickrに上げています。http://www.flickr.com/photos/47382424@N08/sets/72157626340889175/

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